さんゆうねっと

お手伝いハルコの食の森羅万象

長年食を多面的に観察してきた後藤晴彦(お手伝いハルコ)が、食文化の現在過去未来を考察します。

甘い「煮豆」で酒は飲めるか!?

日本人の食文化を俯瞰(ふかん)すると、米以外で重要なものは豆だと思います。歴史的に日本は長い間肉食を禁じていましたが、「畑の肉」とも言われる高タンパク質の大豆のおかげで、味噌から醤油、豆腐、甘味の餡子(あんこ)まで幅広く使われて、私たちの食卓を豊かにしてきました。

ここからは個人的な話なのですが、実は豆類が大好きなのです。夏は毎晩枝豆とビールに冷や奴、納豆ご飯、青豆の炊き込みご飯、チリコンカーン、カスレー、ダルカレー、豆菓子に甘納豆…。

その中でも別格中の別格が、甘く煮た「煮豆」なのです。この煮豆で日本酒が飲めると言うと、皆さん顔をしかめるのですが、結構いけますよ。子どもの頃は虚弱体質で食が細かったのですが、母親の作ってくれた煮豆だけはいくらでも食べられたものです。出来合いの煮豆をいろいろと買って試してみて、やはり自分で作ろうと何度も挑戦してみたのですが、そこそこ煮豆らしくはなるものの、何かが欠けている感じでした。

ちょうどその頃、一流料理人を取材して料理の手ほどきを受けるという連載を雑誌でやっていたので、この際だから煮豆を習おうと思い至りました。

そこで白羽の矢を立てたのは(犠牲者かも?)、神楽坂の日本料理『石かわ』です。ご存知のように、『石かわ』はミシュランの三つ星店。以前、店主の石川秀樹さんに煮魚を教わり、さらに石川さんの弟子で『虎白』(ここもミシュラン三つ星)の店主である小泉功二(瑚佑慈)さんにはきのこご飯と鯛茶漬けを教わったことがあったのです。今考えれば、随分贅沢な修行先だったと思います。

石川さんに「煮豆を教えてください」と言うと、「煮豆はおせち料理くらいしか作ってませんよ」と。和食店は、基本的に旬あるいははしりの時期の新鮮な素材が中心で、おせち料理の黒豆くらいしか乾物は使わないのだそうです。そこを無理にお願いして、インゲン豆種の紫花豆(むらさきはなまめ)に金時豆、ダイズ種の青大豆の3種類の煮豆の作り方を教えていただきました。


「煮豆のもとは乾物なので、乾燥した水分の少ない素材に十分に水を吸わせて、下茹でし、水にさらしてから、再び煮て味を染み込ませる。これだけのことです」
流石に料理屋さんの煮豆は、上品でふっくらとしていて、我流で作っているものとは天と地ほどの違いがありました。

この時、もうひとつ乾物の炊き合わせも教わったのですが、こちらは家庭料理では難しく、本当のプロの世界の料理というものでした。高野豆腐と干し鮑、それに干し椎茸という食材でしたが、乾物の戻し方には幾通りもあるのです。例えば、高野豆腐は一晩水で戻す方法から、40~50℃の湯をかけてから落とし蓋で10分くらい浸透させる方法、80℃前後の湯で戻す方法などがありますが、基本戻したらしっかりと水分を切らないと、その後味を決める時に雑味や異臭が残ってしまい、美味しくなりません。

干し鮑も一晩水に浸してから、水と酒に昆布や手羽を入れて炊くのですが、弱火でじっくり加熱し、鮑が柔らかくなるまで7時間もかかります。同じ素材でも、中国料理の干し鮑(乾鮑・ガンバオ)になると下処理に2~3日も。それほど乾物には手間がかかるのです。干し鮑は非常に高価なので家庭では無理ですが、乾物はきちんと丁寧に下ごしらえすれば、手間がかかる分だけ美味しくなると確信しています。

これまで食の仕事の中で、タイトルやテーマに「簡単」や「手早く」、「スピード」、「らくらく」など、イージーなものを数多く手掛けてきました。勿論必要なことでしたが、ある時そればっかりじゃダメじゃないかと、料理にはもっと手間もかけても良いのではと思い至りました。そこで、自ら「お手伝いハルコ」と名乗り、『不便っておいしい』というコンセプトで多くの発信を行なってきたのですが、このところ初心を忘れていたようです。

もう一度原点に還って、まずは大好きな煮豆を炊いてみましょうか。『不便っておいしい』と念じながら。