さんゆうねっと

お手伝いハルコの食の森羅万象

長年食を多面的に観察してきた後藤晴彦(お手伝いハルコ)が、食文化の現在過去未来を考察します。

パリの野菜料理三つ星レストラン

昨年12月に2年ぶりにパリを訪れましたが、フランスはグレーヴ(ゼネスト*)の真っ最中!地下鉄などの交通手段は無く、毎日徒歩で移動出来る範囲でパリを廻っていたのですが、水上バスや路面バスなども利用して、不便でも何かと楽しいパリ生活でした。

当初はリヨンへ行ってパリに戻る予定でしたが、TGVも動いてないので断念し、先ずは左岸のホテルに滞在しました(後半は7区のアパルトマンへ移ることに)。そのホテルから歩いて行ける距離に “Arpege(アルページュ)”という予約が取れないことで知られている三つ星レストランがあるのですが、ストでキャンセルが出たということで、予約が取れたのです。ラッキーでした。

実は、30年以上前の1987年にも訪れているのですが、その当時はまだ二つ星の時代で、シェフのAlain Passard(アラン・パッサール)も若く、イケイケなレストランでした。世界で今最高と評されるシェフのアラン・パッサールが腕を振るうアルページュの料理は、野菜オンリーのメニューなのです。正直なところ、野菜よりも肉の料理が食べたいと思っていたのですが、一口食べて、想像以上の味わいに驚いてしまいました。

食事をしている最中に「脱構築 deconstruction(仏))」という言葉が浮かんできたのですが、この言葉をご存知でしょうか。1970年代にフランスの哲学者Jacques Derrida(ジャック・デリダ)が唱えた「哲学の営みそのものが、つねに古い構造を破壊し、新たな構造を生成している」とする考え方で、20世紀哲学の全体に及ぶ大きな潮流となりました。新しく構造されたものもまた古くなり、やがて破壊されるという連続の考え方は、「構造主義」の文脈で一時期「ポストモダン」なども派生し、流行になりました。

ここで少しフランス料理のおさらいをしてみましょう。19世紀末に、Georges Auguste Escoffier(ジョルジュ・オーギュスト・エスコフィエ)が膨大なフランス料理の体系を作り上げ(フランスの地方料理を整理分類して再構築)、これが現在のフランス料理の基礎となったのです。この体系を元に、フランス料理がワールドワイドな料理になっていきます。1970年代には、それまでのフランス料理に対して、「ソースが重い」とか「ヘルシーではない」という考えが生まれ、Joel Robuchon(ジョエル・ロブション)の師匠であるシェフのJean Delaveyne(ジャン・ドラベーヌ)が始めた料理が、「新しい料理」を意味する“nouvelle cuisine(ヌーヴェルキュイジーヌ)”です。これが、Henri Gault(アンリ・ゴー)とChristian Millau(クリスチャン・ミヨ)のジャーナリズムの応援もあり、ヌーヴェルキュイジーヌ運動となって世界中に広がりました。これによって、ミシュランに対抗したグルメガイド『ゴーミヨ(Gault et Millau)』が誕生したのです。ちなみに、ジャン・ドラベーヌには、生前一度お会いしたことがあります。


このヌーヴェルキュイジーヌのトップの一人がAlain Senderens(アラン・サンドランス)で、先述のパッサールは彼のもとで修業し、サンドランスの三つ星レストラン“Archestrate(アルケスラート)”の跡地に弟子のパッサールが“アルページュ”を開店したのです。その当時の料理の最大の売りは肉料理で、「肉の魔術師」と呼ばれました。そんな肉料理の名手が、2001年頃から野菜だけのコースメニューを出すようになって話題に。パッサールの野菜料理を目指して、世界中からお客さんが訪れる三つ星レストランとなったのです。

肉料理から野菜料理への転換の時期には世界中で新しい料理法が席巻し、「分子調理法(分子ガストロノミー)」というそれまでに無い科学的な調理法が生まれました。スペインの三つ星レストラン“El Bulli(エル・ブジ)”を筆頭に、この斬新な料理法に追従するレストランが世界中で多く出現しました。パッサールは、自分達の「ヌーヴェルキュイジーヌ」がもはや「ヌーヴェル(新しい)」ではなくなったと、新しい可能性を追求し、現在の野菜料理に辿り着いたのです。そして、パッサールは“Arpege(アルページュ)”以外のレストランもプロデュース店も他には出さず、オンリーワンの「野菜を提供するフランスレストラン」として存在し、現在まで20年以上も三つ星としての地位を守ってきました。

アミューズからデザート(これも野菜)まで3時間にもわたるコース料理の中には、昔からの名物の卵料理や日本の鮨を思わせるものもあり、17品にも及ぶメニュー構成でした。野菜だと思って食べていると、牛肉のエキスが閉じこめられていてステーキを食べているようだったり、魚介の味わいが感じられたりと不思議な感覚を覚える、野菜の可能性を極限までに追求した料理の数々でした。

料理の流行を見ていると、「新しい料理」の後には「古典料理」の復活があり、またそれを超える「新しい料理」が出現し、次に「新しくなった古典料理」と、寄せては返す波のように繰り返します。ヌーヴェルキュイジーヌ、新古典料理、分子調理法と、時代を経てもフランス料理の本質を失わずに進化した「脱構築」を続けているシェフは凄いと思い、フランス料理を見直した旅でした。


* ゼネスト:ゼネラルストライキの略。労働争議の一形態で、産業別の枠を超えて、同じ地域あるいは全国的規模で労働者が共同して一斉に行うストライキをいう。(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典より)