さんゆうねっと

お手伝いハルコの食の森羅万象

長年食を多面的に観察してきた後藤晴彦(お手伝いハルコ)が、食文化の現在過去未来を考察します。

笑っちゃいけないが「クスクス」!?

「クスクス」という料理をご存知でしょうか?

名前は知っているが食べたことは無い、という方々も多いのでは。食べたことがあっても、このクスクスがパスタの一種だと言うと、「えっ!?」と驚かれたりします。クスクスは、英語でもフランス語でも“couscous”。マグリブ・アラブ語の“kuskus”が語源です。硬質小麦のデュラム小麦の粗挽粉に水を含ませ、約1mm大の小さな粒になるように丸めてそぼろ状にしたもので、パスタが丸くなったと考えれば、確かにパスタの一種なのです。

発祥地は北アフリカのマグリブ地方で、モロッコ、アルジェリア、チュニジアから西サハラにかけての地域です。ここからフランスやイタリアなどに広がったのですが、クスクス料理が最も多様に発展したのはフランスなのです。その理由は、この地域がかつてフランスの植民地だったことに関係します。フランス領北アフリカからフランスに来た移民と逆にフランスから渡った人々との間に文化的な交流があったからです。

初めてクスクスと出会ったのは、1980年にフランスで17年間修行した酒井一之シェフが帰国してオープンしたフランス料理店「ヴァンセーヌ(LE VINCENNES)」でのことです。その頃、東京で本格的なクスクス料理を提供する店は殆んど無く、モロッコ料理専門店を除けば、このレストランだけだったと思います。そのクスクス料理とは、黄色いつぶつぶが皿にのっていて、別に金串に刺した羊肉やソーセージがついてきて、黄色いつぶつぶの上にスープをかけて食べるというもの。黄色いつぶつぶは小麦粉をつぶ状にしたもので、フランス語で“semoule(スムール)”と言うのだと教わりました。その傍らには、“harissa(アリッサ)”と言う唐辛子ソースが添えられていました。唐辛子ペーストにオリーブ油などを加え、クミン、コリアンダー、ニンニクなどを加えたものです。肉にアリッサをつけて食べながら、スムール(クスクス)に野菜などが細かく刻まれたスープをかけて口に運んだその瞬間、この料理の虜になったのでした。アリッサと言えば、ある時神楽坂にモロッコ系フランス人のクスクス専門店ができたというので食べに行ったことがあるのですが、「アリッサください」と言って出て来たのは中華辣油で、大変がっかりしてしまいました。


今では、パリに行く時は必ず一度はクスクスを食べに行っていますが、パリには様々な地域からの移民が来ているので、クスクス料理も驚くほど幅広いのです。初心者は先ず、1971年に開店した凱旋門近くのモロッコ料理店“LE TIMGAD”へ。ここは最高の評価をもらっている店のひとつで、訪問した当時はミシュランで1つ星を獲得していました。エキゾチックな雰囲気の中、シャンパンを飲みながらタジンとクスクス、羊の煮込みを注文したのですが、このタジンという言葉を耳にしたことがある方は多いのでは。

タジン(タジン鍋)とは、マグリブ地域の陶器の鍋で、皿状の上に背の高いフタをのせる土鍋のこと。日本での「鍋物的」な感じだと言うと判りやすいでしょうか。タジン鍋にクスクスや野菜を入れて直火にかけると、野菜などから水分が蒸発して高いフタの中を循環し、蒸す事ができるのです。食材の水分だけで調理できるタジン鍋は、乾燥して雨があまり降らず、水が貴重な北アフリカの風土が生んだ優れた調理器具なのです。ちなみに、フランス料理には、二段になっていて下段でスープを煮て、その蒸気で上段のクスクス粒を蒸す仕組みになっている“couscoussier(クスクシエ)”という専用の鍋がありますが、これはこれで非常に合理的なのです。

“LE TIMGAD”のような高級店でなくても、パリの街には至る所にクスクスを食べさせる店があります。パリの友人に言わせると、クスクスは庶民に愛されるソウルフードだと。その分、フランスの過去の植民地支配の歴史と深い関わりがあるのです。

まったく水分を入れていないパサパサのベドウィン族のクスクスから、(おじやのような)殆んどスープといったクスクスまで、色々と食べ歩いたのですが、スムールは水分を吸うとどんどん膨れてきて、お腹がいっぱいになってしまうのです。だからもし、あなたがクスクスを食べに行かれるのなら、空腹で行く事をお薦めします。