さんゆうねっと

お手伝いハルコの食の森羅万象

長年食を多面的に観察してきた後藤晴彦(お手伝いハルコ)が、食文化の現在過去未来を考察します。

暑気払いと柳蔭

日本列島は温帯にあるかと思っていましたが、近年亜熱帯ではないかと思うくらい、毎年暑いですね。昔は暑さが続くと、「暑気払いでもしようか」と言ったものですが、今では『暑気払い(しょきばらい)』など、もはや死語なのかもしれません。

暑気払いの時期というのは特にありませんが、二十四節気(にじゅうしせっき)で夏至・小暑・大暑・立秋・処暑の6月21日頃から8月23日頃までと云われており、所謂夏の暑い時期になります。

暑気払いとは、暑い夏に体に溜まった熱気を冷たい食べ物や体を冷やす効果のある食べ物・生薬などで取り除こうとする、「暑さをうち払う」という意味です。「う」のつく食べ物(鰻、饂飩(うどん)、梅干、瓜など)を食べる土用の丑と暑気払いは似ているかもしれませんが、暑気払いはあくまでもクールダウンなのです。酷暑でも、冷房の効いた室内で冷たい清涼飲料水やアイスクリームなどで身体を涼やかに出来る現代では、確かに暑気払いという言葉は馴染みがないのかもしれません。

暑気払いと言えば、先代の柳家小(やなぎやこ)さん師匠の「青菜」という噺を、まさに酷暑の日に聴いたことがあります。夏のある日、ご隠居の家で仕事を終えた植木屋さんが、ご隠居から「ご精が出ますな」と労をねぎらわれ、「柳蔭(やなぎかげ)をご馳走しよう」と、座敷に誘われます。植木屋さんは『柳蔭』というもの知らず、ご隠居が教えてくれた話を長屋に帰ってなぞるのですが、勿論落語ですから、上手くはいかないという落ちです。これは柳家一門の有名な噺なのですが、私もまだその時は柳蔭というものを知らなくて、初めて落語で出会った言葉だったのです。


柳蔭というのは味醂(みりん)を焼酎で割った飲み物で、今なら焼酎カクテルといったところでしょうか。この「柳蔭」というのは上方での言葉で、元々三代目柳家小さんが上方落語のネタだったものを江戸に持ってきた噺。江戸では「本直し(ほんなおし)」や単に「直し」と呼んでいたのです。

何故「本直し・直し」なのかと言うと、夏場の腐敗しかけた酒や品質の劣る酒を手直しするというニュアンスから発生した呼称なのだとか。現在では、一部の味醂メーカーが商品として「柳蔭」という味醂酒を作っていますが、あまり一般的ではないですね。

実は、くだんの落語を聴いた後、味醂と焼酎を買って、自分で柳蔭なるものを作って飲んでみたのです。先ずは、味醂と焼酎を1:1に割って冷やして飲んでみたのですが、甘い、甘い!次に、焼酎2に味醂を1にしてみたのですが、度数が高くなった分強い味で、酔っぱらってしまいました。味醂は立派な酒の一種で、日本酒のアルコール度数15°とさほど変わらないですし、焼酎は蒸留酒なのでアルコール度数は20°以上あるのです。

柳家小さん師匠演じる植木屋さんは、仕事を終えてカラカラに渇いた喉に冷えた柳蔭を慈雨の如く旨そうに飲み干すのですが、江戸時代の人々にとって夏の暑気払いに冷たくした「柳蔭・本直し」は大変な贅沢だったのでしょうね。

日本酒と梅を使った江戸時代の調味料「煎り酒(いりざけ)」が見直されたりしていますが、本味醂を使って、夏の江戸リキュールを一度試してみるのも一興ではないでしょうか。