さんゆうねっと

お手伝いハルコの食の森羅万象

長年食を多面的に観察してきた後藤晴彦(お手伝いハルコ)が、食文化の現在過去未来を考察します。

「青菜に塩」のシオシオのパー!

食生活研究家にしてエッセイストの魚柄仁之助(うおつかじんのすけ)さんと一緒に仕事をしていた25年ほど前の話です。

魚柄さんが某週刊誌にエッセイを連載するので、編集部からイラストレーターを紹介してもらえないかと連絡をいただいたことがあります。私の著書の中に描かれていたイラストがお眼鏡にかなったようでしたが、そのイラストを描いていた女性は仕事を辞めて転職していたのです。連載は2週間後と迫っており、困った挙げ句、私がイラストを描く羽目に。急場凌ぎの代役で、その間に誰か探そうかと思っていたのですが、その後3年もの間魚柄さんと組んで仕事をすることになろうとは、夢想だにしませんでした。

その当時、私は目黒のバス通りにある古い民家で古道具屋をしており、ペーパーナイフのクラフト作家をする傍ら、「ケチケチ生活術」を書いたエッセイが評判になって、出版した本もずいぶん売れていました。魚柄さんとの仕事は、毎月1回週4本の原稿を受け取って、魚柄さんの料理エッセイにつくレシピのイラストを描くことでした。魚柄さんの仕事場兼住居に編集者と一緒にお邪魔し、その場で原稿を読んで、魚柄さんの目の前で料理の手順を描いて本人に確認してもらい、間違いがあればその場で修正しながら、後できちんとした絵に仕上げるという手順でした。

ある時「冷蔵庫の片隅で忘れ去られた野菜」というテーマで、魚柄さんと話をしたことがありました。その頃の私は自分で料理などしていなかったので、そんなのは捨ててしまうと言うと、「もったいない、水分の抜けた野菜はひと塩すると立派な漬物になる」と。ふーん、そんなもんかなぁと思い、自宅の冷蔵庫の中を見てみると、くたびれた青菜が。そこで、その青菜に塩をしてボウルに入れ、ペットボトルを重石にしてしばらく放置してみたのです。余分に出た水気を切って少し齧ってみると、何と言うことか、驚くほど旨い味に変身しているではありませんか。


実は、これを機に自分で料理を作り始め、食について発信するようになったのです。魚柄さんと出会わなければ、『お手伝いハルコ』は誕生していなかったでしょう。

諺に「青菜に塩(あおなにしお)」というのがありますが、ご存じの通り、青菜に塩をふりかけると水分が抜けてしおれていく様子から、今まで元気だった人が急に元気が無くなってしおれている様子を表す言葉です。この諺を聞くと、昔流行った『怪獣ブースカ』というテレビドラマで、しょげている子を見るとブースカが「シオシオのパー」と言っていたのを思い出してしまいます。

青菜に塩をかけるとしおれる理由は、塩に脱水作用があるからで、濃度が2%以上の食塩水は野菜から水分を吸い出すことができます。濃い塩水と水を半透膜で隔てると、水は半透膜を通過して塩水側に移動しようとします。この時の「水が移動しようとする力に相当する圧力」を浸透圧と言います。浸透圧という言葉は小学校の理科で習ったような記憶がありますが、小学校5年生の理科に、この「青菜に塩」の学習実験があるそうです。この実験のテーマは「ものの溶け方」で、子供達が自分達で塩をしたムラサキキャベツから紫色の液体が出てくるのを見て、塩分の薄い方から濃い方に水分が移動する浸透圧の作用を学びます。そして、そのムラサキキャベツを実際に食べてみて、美味しいと感じることで、一夜漬けの浅漬けを始め、梅干や漬物全般にこの浸透圧の性質が利用されていることを学ぶのだそうです。

考えてみると、私は魚柄さんに子供達と同様のことを教わっていた訳ですね。足したり引いたりすることで、塩は料理の出来不出来に大きく関わってきますが、ただ漠然と料理をするよりも、理科的な視点で料理を考える方が早く上達すると思うのです。もし、機会があれば、皆さんも子供達に「青菜に塩」を教えてみてはいかがでしょうか。きっと料理上手で理科好きの人になれると思いますよ。