さんゆうねっと

お手伝いハルコの食の森羅万象

長年食を多面的に観察してきた後藤晴彦(お手伝いハルコ)が、食文化の現在過去未来を考察します。

平成30年間の日本の食生活

まもなく新しい元号に変わりますが、この30年で日本の食はどう変わったのでしょうか。時代背景とともに見ていきたいと思います。

まず、バブルの余韻が残っている平成の最初の数年間。イタメシブームや海外への旅行者が一千万人を突破するなどしてまだまだ浮かれていたのですが、平成3(1991)年頃のバブルの崩壊で日本は「失われた20年」の不況期に突入します。この間にも、毎年様々な食のトレンドがありましたので、少し記憶を蘇らせてみましょうか。

平成4(1992)年頃、こんにゃくゼリー蒟蒻畑(株式会社マンナンライフ)やナタデココが話題に。勿論ダイエットとして痩せたいと思う人たちが飛びついたものなのですが、毎年手を替え品を替え、このブームは登場します。

平成5(1993)年に、料理人が料理で雌雄を決するテレビ番組『料理の鉄人』が大ヒットし、料理はエンターテイメントとなって、シェフという職業が人気になりました。

阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件が起こり、日本中に不安が蔓延した平成7(1995)年には、「主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律(新食糧法)」が施行され、米の生産流通販売が自由化されました。昭和17(1942)年の「食糧管理法」が53年ぶりに改定され、日本人の主食のあり方に大変革が起きたのです。

その翌年には、腸管出血性大腸菌O-157が全国に広がって社会問題に。大人気バラエティ番組『SMAP×SMAP』で「BISTRO SMAP(ビストロSMAP)」という料理コーナーが始まり、料理のエンターテイメント化はさらに加速していきます。巷では、ポケモン(ポケットモンスター)やたまごっちなどのゲームが社会現象になるほどの大ブームになりました。

外食産業のピークは平成9(1997)年頃で、その後外食の売上は下がり、飲食店などの家庭外で調理された食品を家庭内で食べる形態の「中食(なかしょく・ちゅうしょく)」が増えていきます。「私の血はワインで出来ている」と言った川島なおみの言葉が流行語に。

長野で冬期オリンピックが開催された平成10(1998)年、不況はさらに深刻になり、大手企業や銀行の倒産が相次ぎました。家庭で料理を作る人が増え、現在の検索1位の料理レシピサイト「クックパッド」が登場したのもこの年です。バブルな外食文化が完全に内向的になった象徴だと思います。


キリスト教圏を中心に広がった世紀末のミレニアムブームの頃、ヨーロッパで誕生した欧州連合(European Union; EU)によって導入されたユーロが世界の基本通貨のひとつになりました。日本では、NHK教育テレビの「だんご3兄弟」の歌がヒット。平成12(2000)年には、戦後最大の集団食中毒事故として知られる雪印集団食中毒事件が発生し、大問題になりました。

21世紀が始まった平成13(2001)年には、アメリカで同時多発テロ事件が起こり、世界中を恐怖に落とし入れました。日本では、百貨店(デパート)の地下階にある食料品売り場が大人気で「デパ地下」という言葉が生まれ、缶酎ハイもよく売れていました。

冬ソナから始まった韓流ブームで巷が盛り上がっていた平成15年(2003)年頃、集団食中毒事件も醒めやらぬ中、雪印は牛肉偽装事件を起こしたのです。方々で食品の偽装事件が続発し、消費者の不信を買う事態になりました。

平成も中頃になると、クールビズが流行語となり、健康指向のおかげで健康食品の売上がピークを迎えます。日本版ミシュランガイドが発刊され、グルメなブログが増加して、外食産業は安定したのですが、平成20(2008)年のリーマン・ショックで大激震が走ったのです。高級外食店が軒並み不況の煽りを受けて閉店・廃業する一方で、海外から来たパンケーキの店が続々とオープンしました。「草食男子」という言葉が流行り、男子もスイーツをはばかることなく食べられる時代に。また、この頃、塩麹のブームから始まって、伝統的な発酵食品が見直されたのです。

そして、平成23年(2011年)3月11日に東日本大震災が発生。三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の大地震が東北地方を襲い、それに伴う福島第一原子力発電所事故により、東日本一帯に甚大な被害を与えました。この大震災を挟んで、日本人の意識が相当変化したのではないかと思うのです。食と経済は密接な関係があり、景気が良くなれば外食産業も比例して繁栄しますが、この災害を機に、食べ物や普段の生活がいかに大切で重要であるかを多くの人々が認識したのではないでしょうか。

平成25(2013)年に和食がユネスコの世界文化遺産に登録されると、私たちは改めて伝統的な食生活の素晴らしさを誇りに思いました。食を無駄なく食べるホールフードや食材の破棄(フードロス)を考え、食の安全を追求するという、平成の前期では考えられないほど食に対する意識が高まったと思いたいのですが、その一方で「インスタ映え」に象徴される食を食とは違う視点で観ている層が存在しているのも事実です。これから日本と日本人の食はさらに国際化し、融合された新しい方向へと進むでしょう。後世まで残しておきたい文化も踏まえ、食のウォッチを続けたいと思っています。