さんゆうねっと

お手伝いハルコの食の森羅万象

長年食を多面的に観察してきた後藤晴彦(お手伝いハルコ)が、食文化の現在過去未来を考察します。

べんとう、弁当、BENTO…

京都にフランス人の経営している弁当箱専門のセレクトショップがあるというので行ったことがあります。“The Bento&co Kyoto Store”というお店です。京都の台所として知られる錦市場からも近い場所にあり、店に入ると、古典的なものからカラフルでファンシーなものまで沢山の弁当箱がある楽しい空間です。弁当箱を見ながら、これに何を詰めるか、どんな場所で食べるのかと、考えるだけで楽しいのです。日本の弁当(箱)に魅せられたフランス人のThomas Bertrand(トマ・ベルトラン)さんが手掛けたセレクトショップで、世界90カ国へ輸出しているのだとか。日本の弁当は、海外でそのまま“BENTO”として使われるくらい国際的になったのです。

何故わざわざ京都まで弁当箱を観に来たのかと言うと、企画した弁当のレシピ本のための弁当箱を探していたのです。撮影用に幾つか弁当箱を選び、さらに個人用にもひとつ購入してしまいました。この企画本は、『分とく山・野崎洋光の常備菜でつくる和のお弁当』(世界文化社)という形で発刊されました。

野崎さんと3ヶ月にわたり撮影しましたが、弁当の撮影は想像以上に大変でした。何故かと言うと、弁当というのは構成要素が多いからです。ご飯を炊く、弁当に詰める、海苔などをのせる、あるいは炊き込みご飯にするなど、弁当ごとにご飯が必要です。これに、魚、肉、野菜と弁当別におかずを用意し、副菜の付け合わせや漬物なども加えます。弁当に入れるメイン以外は共通のモノがあるのですが、撮影の日にちが合わないと、小さな副菜でも最初から作り直す必要が生じるのです。本が完成した後に、野崎洋光さんに教わった方法で弁当生活を実践してみました。冷めても美味しいのが弁当の基本。昔ながらの常備菜にも洋の惣菜を加える、痛みやすいかつおのだしの代わりにコクのでる食材で補う等々、大変役に立ちました。


弁当という言葉の語源は、中国南宋時代の俗語で「好都合、便利なこと」を意味する「便当」だそうで、この「便当」が日本に入り、「便道」や「弁道」などの漢字も当てられたが、「弁えて(そなえて)用に当てる」ことから、「弁当」の字が当てられるようになり、弁当箱の意味として使われた、と語源由来辞典には書かれています。

弁当と云えば、徳川夢声(とくがわむせい)。無声映画の弁士からスタートして、漫談家、俳優、作家と、マルチに活躍した人です。彼の著した『夢声戦中日記』を読んでいると、弁当の話がよく出てくるのです。戦時中、仕事先の撮影所に行くも空襲警報が出ている時代ゆえに外食する場所もなく、自宅から昼用と夜用の弁当をふたつ持って出かける訳ですが、この本には「弁当を食べる」ではなく「弁当を使う」という表現が出てきます。現在では、「弁当を使う」という表現は時代劇(小説)くらいでしか使われなくなりましたが、例えば、神社で参拝の前に手や口を清めることを「手水(ちょうず)を使う」、風呂に入ることを「湯を使う」や生まれたばかりの赤ちゃんを入浴させるのに「産湯を使う」と同じ様に、人前で「食べる」という直接表現を避けるために「使う」という言い方をする婉曲表現法なのです。

そして、もうひとつ。1980年に、工業デザイナーの栄久庵憲司(えくあんけんじ)さんの『幕の内弁当の美学 ―日本的発想の原点』(ごま書房新社)という本が出て話題になりました。弁当には色々な日本の食文化の凝縮されたエッセンスが詰まっていて、モノをコンパクトにまとめる日本文化のそのものだと。2020年の東京オリンピックに向けて、日本の弁当はさらに「BENTO」として進化を遂げ、食文化の象徴となると思います。